「大谷製陶所」 大谷哲也・桃子
信楽に自宅と工房を構え、ご家族と暮らしながら、ご夫妻で作陶されている大谷哲也さん、桃子さん。
evam eva yamanashi が 5周年を迎えるにあたり、お二人の企画展を開催いたします。
研ぎ澄まされた美しいフォルム、やわらかさを感じる白で統一された哲也さんの作品。たおやかな植物が描かれた温かみのある桃子さんの作品。お二人の作風は全く違いますが、使い手とともにより美しく育っていきながら、暮らしに息づく気配が作品から感じられます。
山深い豊かな自然に囲まれた工房を訪ね、お二人の作品づくり、暮らしについてお話を伺いました。
陶芸へのそれぞれの道のり
大学生の頃は車のデザイナーを志していた哲也さん。卒業後に恩師からの紹介で信楽町にある窯業試験場で技師としての職に就かれる。そこで陶芸を学ぶために研修生として入学してきた桃子さんと出逢います。それぞれの陶芸への道を模索しながらお二人はご結婚され、3人の娘さんを授かります。
身近にいた陶芸家でもある桃子さんのご両親や廣川純・みのり夫妻のように、自分たちでものをつくり、暮らしをたてる生き方にあこがれて、試験場の仕事を辞めて、陶芸家の道に進んだという哲也さん。
哲也さん「陶芸家というとずっと轆轤をひいているイメージがあるかと思いますが、それ以外の工程もたくさんあります。一度つくり始めると次から次へと作業があるので、中々休みが取れない仕事です。それでも、轆轤をひいている時が一番楽しいですね。なぜかは上手く言葉にできないんですけど。」
そう話しながら目の前で土の塊から鍋の形へと整えられていく滑らかな手の動きには、思わず息を潜めて見入ってしまうほど。
一つ一つ丁寧な手作業で成形されていく作品は、ゆっくりとムロで乾かしてから削りなどの細かな仕上げを経て焼成されます。窯詰め一つとっても、温度ムラを考えて、並べ方を工夫しなければならないのだそう。繊細な手作業を経て、作品が出来上がっていきます。
哲也さん「繰り返し、同じものを淡々とつくり続けられること、その上に成り立っていることはあると思います。頭で考えなくても、身体が自然と動くようになるまで同じ作業を繰り返す。そうすることで、つくることにあくせくせず、他のことも考えながら作業ができるようになります。思い描いたものを手を動かして形にする、という基礎を身に着けた上で、型を崩すということができるようになると思います。」
幼い時に、ご両親とともに信楽に移り住まれた桃子さん。若い頃は、当たり前にあった信楽での暮らしの価値がわからなかったと言います。
桃子さん「違う場所にあこがれて海外へ留学もしたけれど、離れてみることでその良さに気付くことができました。大学生の頃から世界中を旅したりと、好きなことをやってこれたのは、信楽で陶芸家となるプロセスに必要だったと思います。」
大学でインドネシア語を学んだことをきっかけに、インドネシアへ留学した桃子さんの作品には、その時に現地で見た蓮やバナナの葉がモチーフとして描かれています。
桃子さん「日本で見ていた時の印象とは違い、色々なところに自然と咲いている姿をみて純粋に綺麗だなと感じました。バナナの葉はそこらじゅうに生えていたり、お料理に使われたりと、日常の暮らしに近いものでもありました。その時の記憶をもとに、陶芸を始めた20代の頃から変わらずに今も描き続けていますね。」
同じものをつくり続けるということ
身に纏うお洋服と同じように暮らしに寄り添う器。時間の流れとともに、季節や気分の移ろいを感じながら日々使う器を変えながら、長い時間をかけて関係を築いていく生活道具として大事にしていることがあるとお二人は言います。
哲也さん「器は月日を経ながら、買い揃えたり、買い足したりということがあるものなので、常に同じものを届けられるようにしておきたいという想いがあります。なので、原料やサイズなど微調整はしながらも、定番の形をつくり続けています。展示会でも定番作品を軸にしておいて、それ以外の部分で新しく挑戦したいことなどを膨らませていくようにしています。そういった意味では、従来の作家像とは少し違うのかもしれませんが、今では自分たちのやってきたことが一つのスタイルとして定着してきたように思います。」
桃子さん「制作で迷うこともありますが、自分の歩みを見つめることで私らしい作品をつくり続けられているように思います。同じものをつくり続けることで、信頼関係が築けているのかなと。壊れてしまったり、家族が増えたりしたときに、また同じものに出会える安心感があるのは、使う人にとってもとても嬉しいことですよね。」
つくり続けてきたことで人との出逢いに繋がり、現在は多くのレストランで提供する食器も手懸けられているそうです。
桃子さん「彼は昔から、レストランで自分の器を使ってもらいたいと夢のように語っていました。今では、30代、40代の若い世代のシェフたちが、器を使いたいとやってくるようになってきました。食材も含めて自分たちが使うものと積極的に関わりたいと思う人が増えてきたのだと思います。だからここまで足を運んで、相談しながら器を注文したいという人がやってくるのでしょうね。普段からぼんやりとでもいいから、少し先のことを2人で話すようにしていますね。話すことで自然とその方向へ少しずつ近づくような気がします。5年、10年後に振り返ったときに、実現できていることに気付かされることがよくあって、想いを言葉にすることはとても大切にしています。」
哲也さん「お付き合いのあるレストランの方は、市場からではなく生産者から直接食材を仕入れるといったことをしています。コロナ禍でも廃棄される農産物を買い取って加工して販売していたりと、考え方の近い人が多いです。そういった考えの近い人たちとの繋がりができるのは嬉しいことです。」
暮らしに根ざしたものづくり
日々の暮らしの中で、ふとしたきっかけで生まれたという哲也さんの平鍋。工房に伺った日も、平鍋を使ったお料理を手際よくご用意くださいました。味わい深い色合いに変化した平鍋からは、自分たちがつくったものを生活に取り入れるという、お二人の暮らしに根ざしたものづくりへの姿勢が伺えます。
哲也さん「何かをつくり始める時には、まず形をつくってみて、自分たちで使ってみるということをします。そうやって、失敗もしながら、より良く仕上げていく。やはり使うものは暮らしの中から出てくるものです。自分がつくって、使って、そういった評価を繰り返して自分の作品になってくると思います。」
桃子さん「平鍋は、煮る、炒める、焼くといったことから、オーブン調理までできるので、料理の幅も広がります。盛り皿としてはもちろん、鍋、フライパンのように炒めものにも使えます。一度温まると冷めにくいので、平鍋のまま食卓へ、ということもできますね。土鍋という概念にとらわれず、もっと自由に使ってもらえたら。」
哲也さん「国や文化が違う人たちにも器を使ってもらいたいと思い、海外のギャラリーからのお声がけにも積極的に答えています。初めて海外で展覧会を開いたのは11年前のシアトルでした。まだ、海外進出が当たり前ではなかった頃からいろんな国の人たちと交流を続けてきました。今後は世界のさまざまな地域に根付いた家庭でつくられる土鍋料理と自分たちの平鍋を使った新たなイベントも構想しています。」
これからのビジョン
自然が溢れる信楽の地で営む、心豊かな暮らしに根ざした実直なものづくりが共感を呼ぶ大谷さんご夫婦。その中でも、哲也さんの平鍋はファンの多い作品の一つです。2年前からお弟子さんを受け入れるようになり、平鍋の製作を製陶所の仕事にしていく試みを始められているようです。
哲也さん「この信楽という産地では、作家として独立できずに、陶芸家の道を諦めてしまう人が多くいます。 それは、僕が勤めていた窯業試験場などで技術を身につけた後に、その技術を高めていける場所が少ないからだと思います。そこで、僕が作品として制作してきた平鍋を製陶所の仕事として切り離して、弟子たちが技術を磨きながら、作家として独り立ちするのを支えていく仕組みづくりを考え実践し始めました。」
桃子さん「鍋は道具性の高いものなので、一つ買ってよかったらサイズ違いを計画的に買い揃えられるように、 安定的にお届けできるようにしたいというのもあります。とはいえ、今までと変わらずに手仕事の生活道具として届けていきたいと思っています。」
哲也さん「弟子たちには、暮らしと仕事が一体であるという感覚を味わって欲しいです。なので、仕事は平日の9時から17時にしていて、普段から自分で料理を作ることや、休みの日には展示会や趣味の時間に充てるように言っています。」
桃子さん「一緒に食事を囲み、同じものを食べ、たわいもない会話をしながら、この製陶所で共に過ごす時間から生きていくヒントを得て、陶芸家という仕事の楽しさを知って巣立っていってほしいですね。そうやって彼らが伝道師のようになっていって、将来、この信楽で陶芸家が子供たちのなりたいと思える職業になっていったら嬉しいです。」
信楽という陶器の産地で制作を続け、その産地の行く末を見据えた取り組みもされている哲也さんと桃子さんですが、全く違った場所で新しいことに挑戦してみたいという思いもあるのだそうです。最近では、フードトラックで世界を旅をしながら、手作りの器で料理をふるまうといったアイデアも。豊かな暮らしを大切にし、その上で感じたものごとによって作品が生み出されてゆく大谷さんご夫妻の暮らしとその人柄に触れ、これからどんなことを手がけられてもお二人の形になっていくのだなと感じました。
暮らしと営み
土地を開拓して建てた自宅。種から育てた果実や白いお花が自然に息づく豊かなお庭。天気の良い日にはお庭で愉しめる本格的なピザ窯。おやつには自家製タルトと自家焙煎の珈琲を。
「何もない場所だから、自分たちでつくるしかないんです。」とさらりと話すお二人。
自らの手でつくり出されたものたちで溢れた暮らし。そこでは犬も猫も野鳥さえも分け隔てられることなく、それぞれの個性が尊重されていて、本来あるべき自然な姿が感じられる心地よさがありました。それぞれが無理なく、気持ちよく、心豊かに暮らし生きることが作品づくりに深く繋がっているのだと思います。
桃が実る時期に誕生し、祖母が命名してくれた「桃子」というお名前。桃の生産地である山梨では、春には綺麗な花が咲き、一面桃色に染まります。
桃の花が美しく咲き始める佳き季節に、企画展 大谷哲也・桃子 2人展を開催いたします。山梨店が5年目を迎える節目にお二人の作品を一堂に会し、ご紹介できることを嬉しく思います。
evam eva yamanashi 5周年 特別企画展の詳細は、下記のウェブサイトをご覧ください。
https://evameva-yamanashi.jp