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interview|平松麻|Getting There

画家  平松麻

2025年11月1日よりevam eva yamanashi 形にて画家 平松麻さんの個展「Getting There」を開催いたします。

初めてevam eva yamanashi で平松麻さんの絵をご紹介したのは2022年。新緑が眩しく、木々の木漏れ日が美しい頃でした。そこから3年の歳月の中で対話を重ね、辿りついた今回の個展。現在、制作真っ只中の平松麻さんのアトリエに伺い、画家という仕事、制作についてお話を伺いました。

今年の春に新しいアトリエとして借りた場所は、住宅街の一室。「床も壁も好きなようにDIYできるということが、この部屋を選んだ一番のポイント」と言うように、コテで塗装材を塗り込んだ床と壁の質感が作品にとても馴染み、そこには画家の部屋の濃密な空気感が漂っていました。

画家への道

幼少期より、絵を描くことが好きでいずれは絵に纏わる仕事をすることは決まっていたと話す麻さん。なりたいではなく、決まっていたと話すその言葉に当時からの想いの強さを感じます。
物心ついた頃から、芸術に触れ合う環境が常に近くにありました。小学生の時から食事の際には、お母様の作る料理に対して器を選ぶお膳立てをしていたそう。水屋箪笥に収められた漆器や陶器、古い李朝の器からその日の料理の様子を確認して、盛りつける器を選ぶー。日々の暮らしの中で見立てる力が培われたと言います。

大学に入学するも、その環境に大きな違和感を感じキャンパス内では一人で過ごす時間が多かったと。絵はとても好きだったけれど、当時は画家が職業として成り立つことを知らず、最初はキュレーターを目指し、語学を身に着けるために1年間海外へ。

「絵に纏わる仕事=美大進学という選択をせず、語学力を養ったことは美術教育という枠に捕らわれることがなく、今の制作に活きているので本当に良かったと思っています。また、美術館やギャラリーへ行き、自分が気に入った作品に対し、どこが気に入ったのか言語化できるまでその場を離れないという自己鍛錬をしていました。このことも選ぶ力が養われ、よい経験でした」

語学を身に付けた後、キュレーターになるには作品を飾るための空間設計が必要と感じ、設計事務所へ。その後、20代の頃に勤めていたギャラリーで1枚の絵に出会います。

「出会った瞬間に、息が上手くできず過呼吸になるほどに心が奪われ、自然と涙が出ました。その絵があまりにも純粋であったから。1枚の絵が人の心を動かすことを実感し、自分にはやはり絵が必要であることを知りました。点と点を繋ぐように、遠回りしながら画家という職業に辿りつきました。どの経験もすべて今に活かされています」

作品について

絵画と一言でいっても油彩画、日本画、水彩画と様々な技法があります。数ある技法の中から油彩を選んだ理由を伺いました。

「油彩をはじめて描いたのは高校の授業。余計な知識がない分、直感で選びました。重厚感に惹かれたのかもしれません。日本画は原料の鉱物にあらかじめ光が備わっていて魅力的です。だけどその光で「光」を描いてみたいという気持ちはあまりおこらなくて。油絵具は素材そのものには光はないけれど、描くことによって光を放つことができる。それを描きたい」

麻さんの描く絵肌には絵の具が層となり、可視化することはできませんが、塗り重ねた奥には何かが潜んでいるー、そのような印象を鑑賞者は受けとめます。それは麻さんが幼少期にお膳立ての際に選んでいた、根来塗(ねごろぬり)という、黒漆を下地に、その上に朱漆を上塗りする漆の技法の漆器が関係します。使い込むうちに朱漆がすり減ったり透けたりして、下地の黒漆が浮き立ち、えも言われぬ美しさをみせます。

「お膳立てしていたとき、毎日漆器を使っていて、数年経った時にあれ?なんか変わっていると思いました。3人家族だったのでちゃんと入れ替えもして、まんべんなく使っていたのに。月日が流れたとき、すごい変わっていて、その時にもしかしたら私が器を育てたのかもしれない、と嬉しくなりました。それ以来、根来塗のような絵を描きたいと思っている。漆みたいな絵肌がいいなと。最初に描いた作品からその想いは変わることはありません」

近年の個展では、以前には見られなかったモチーフや色があることにも気が付きます。

「今までは体内風景を自分の中に潜って描いていました。子供の頃から自分の見ていた景色を確かめたくて。ようやく外にあるものを描きながら、自分の内側も描くということができてきました」

内なる風景に重なる目の前にある確かなものを描く。そこへ辿りつくのに時間も必要であったと言います。モチーフは選ぶわけではなく、美しいと感じたもの、いつか描いてみたいと思ったものを大切にとっておき、その時が来たら描くー。そのときは自然と訪れるそうです。

展覧会毎に色を重ねるパレット。意図せず重ねられた色もまた美しく、「絵がここから生まれていると実感できる」と麻さん。今までの個展のパレットを見せていただきながら、今回のパレットでは赤色に目が留まります。

「今まで赤を使いませんでした。血より綺麗な赤はないと思っていたから。でも次は赤を使ってみようと思いました。言葉では形容できない色を描きたい。揺らぐような色。自然の流れるまま 形にとどまらず、移り変わること。常に動き続け、ないようであり、あるようでない。行雲流水。だから雲が大事なメインモチーフなのかもしれません。何物にも囚われることなく描きたい」

絵に満たされる時間

今夢中なことを伺った時にも「絵を描くこと」息抜きの時間には「絵のことを考えること」麻さんの頭の中は常に絵のことで満ちあふれています。そんな麻さんにとって、絵を描くこととは何か問いてみました。

「自己探索。でも自己探索だと思っていたら、発表すると絵を見た方々から、何だか知っている気がする、見たことがある気がする等の感想を毎回いただく。だから自己探索だと思って描いた体内風景が、実はみんなの中にもあるのだということに13年間発表する中で確信しました」

自分の作品にメッセージは何もないー。そう麻さんは断言します。
「生まれた時点で表現というものは確立されているんじゃないかと思っています。全員がそれぞれ違って完璧な存在です。元々備わっているものを根気強く引き出していくことが何よりのオリジナリティだと思います。自分の中に全部ある。それに気づくだけです」

誰しもが自分の中にある表現に気づくことは容易ではなく、他者や外へと答えを追い求めます。麻さんは内にあるものがすべてであり、そのことに気づくきっかけとしてアートがあると。

作品を発表するということ

「アートにできることがあるとするならば、鑑賞者の中で何かが発動すること、それだけです。だから展覧会をする意味があるし、自分の作品が視線を浴びることによって、鑑賞者やギャラリーの皆さんのおかげで私の中でも何かが発動する。だからこそ発表することが大切だと思っています」

ギャラリーで麻さんは自分の作品と対峙し、思いに耽っている場面があります。その時は単に絵を鑑賞しているのではなく、その絵のさらに向こう側にある次を見ていると話してくれました。ひとつの作品の完成は終着点ではなく、木が枝葉を脈々と広げるように、次の作品へと繋がっていきます。

作品の展示のため、またプライベートでも様々な場所へ行く機会の多い麻さんに、制作への力の源と生きる場所について聞いてみました。

「絵を描くにあたり大切な何かをキャッチするために、野生の感覚を研ぎ澄ませることが大切。都会にはさまざまな物事や人々が密集しているので、そういう意味では東京での暮らしもとても野生の感覚を必要とする」と話す麻さん。

アトリエで光のゆくえと、柔らかな風を感じながら話す麻さんは、滾々と湧く水のように真っさらで澄んだ人でした。

個展タイトルは『Getting There』 

直訳するとそこに辿り着く。作品に執着することなく、自己の表現でもなく、ただ内にあるものを描き、それを辿って辿っている-。

麻さんの今この時だからこそ描かれた作品たち。晩秋の穏やかな光が射しこむevam eva yamanashiのギャラリーにて作品と静かに向き合い、心のゆくままに過ごしていただければ幸いです。

Asa Hiramatsu| Painting exhibition
Getting There

日程|11月1日(土)-11月24日(月・祝)*水曜定休
日時|11:00-18:00 * 最終日17:00 close
在廊|11月1日(土)
会場|evam eva yamanashi 形

詳細はウェブサイトをご覧ください。
https://evameva-yamanashi.jp

平松麻 Asa Hiramatsu
1982年東京生まれ。画家。自身に内在する風景を描く。書籍のアートワークや執筆も多数手がける。


website | https://www.asahiramatsu.com/
instagram|things_once_mine

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