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interview|村上躍|積みかさなり映る手の跡

陶器作家  村上躍

2018年春、ギャラリーにて個展を開催してくださった陶器作家の村上躍さん。2020年に長野県茅野市に拠点を移し、自然豊かな地で制作をされています。
陶器作家となった経緯や、仕事と暮らしのことについて話をお伺いし、制作の様子も拝見しました。

焼物との出会い

「もともと焼物がやりたかったわけではなく、絵描きになりたかったんです。父が画家だったのでその影響もあってか、子供のころから絵を描くのが好きでした。
日本画科を受験するも叶わず、武蔵野美術短期大学の工芸科に進学し、専攻を選ばなければならないとなった時に焼物を選びました。
焼物は天然の土石類を使っているでしょ。日本画の岩絵具も本物の鉱物を原料としている。そこに共通点を見出して、それじゃ焼物にしようかなと。
焼物をはじめて学生時代にやって、単純にただの土が窯の中で硬質になるっていう、ガラスの膜を纏って、まさに玉ですよね。変質して出てくるのは本当に感動したし、貴重な体験だったと思います。ただ、それと同時に違和感があったのは、いったん自分の手を離れる感覚。
絵を描くのは手元で行うから、そのまま結果としてリアルタイムで常に見えるじゃないですか、でも焼物はいったん窯の中にゆだねてしまう。この、モノと自分の微妙な齟齬みたいなものが最初すごく馴染めなかった。だからこそ、焼き上がりに驚いたりとか落胆したりすることも多いですけど、でもそういうのが面白いと思えればいいのかな。
とにかく最初はそれが全然嫌で。だから在学中は焼物は楽しかったけど、同時にその道で食べていこうとはまったく考えていなかった。絵に対する未練もあったし、美術の世界でやっていきたいという思いもあった」

焼物から陶芸という仕事へ

大学卒業後、アートの世界で生きようと、陶芸教室でのアルバイトをして生活の糧を得つつ、年末にはギャラリーでご自身のアート作品を発表するということを10年ほど続けました。そんな中、学生時代からお付き合いされていた美加さんと結婚し、お子さんを授かります。

「自分の仕事でいえば、ずっと美術の世界でやっていきたいという気持ちがあったので、焼物とはつかず離れずという状態が何年も続いていました。だから陶芸教室で生徒さんに教えていましたけど、自分のうつわみたいなものは一切作っていませんでしたし、そのつもりもなかった。ただ家族もできて暮らしを考えた時に、自分のアトリエで陶芸教室でもして生活の足しにしようかと小さな窯を買いました。だけど、まだその時も焼物でいこうとは思っていなくて。そんな時、アルバイト先であった陶芸教室のオーナーがそのビルの1階にギャラリーをつくることとなり、『村上さん、ここで展覧会をやりなさいよ』と。
僕はそのつもりはないと断っていたけど、半ば押し切られる形で展覧会をやることになってしまった。
自分の本意ではなかったけれど、たまたまそういう機会があって、うつわの展覧会をやることになってしまったんです」

そのようにして手掛けることとなったうつわの展覧会。先ず作品ありきではなく、展覧会をするという前提が先にあるうつわの制作。
普段の仕事の中で築いてきたオーナーとの信頼関係から強く薦められ、引き受けることとなった展覧会。そこからうつわ作りを始めることとなります。

「最初は嫌々という感じで。でもどうせやるんだったら、僕は武蔵美出身だから、使いやすい普通のうつわで、白と黒だけ。シンプルな型で打ったようなものや轆轤でひいたもの。装飾も何もなく、ただの白と黒のうつわで展覧会をやりました。陶芸教室が上の階にあって、その下の階で講師の先生が展覧会をやっているわけですから、生徒の皆さんはご祝儀代わりに買ってくれる。教室が終わったら降りてきて、『村上先生のうつわいただくわ』って。単純に自分の作品が売れたことが嬉しかったし、『村上さん、これすごく良かった。また作ってほしい』『村上先生、これ全然使えない。使いにくい』とさまざまな反応があったんです。

僕はずっとアートの仕事がしたいと思って、毎年展覧会をやっていたけれど、アートの世界でやっていくにはどうすれば良いのかしか考えてなかった。
自分が作りたいものがどんなものかっていうことを深く突き詰めて考えてさえいなかったかなと後々になって思ったんですけど。
どうすれば売れるか、この業界ではどんなものが求められているのかとか、もっというならば、誰かが俺の作品を見つけてくれるとか、どこかの美術館のキュレーターから目をかけてもらうとか、どこかの公募展で大賞がとれないかなとか、そういう野心みたいなものばかりあって、焦りもあったし、どうすればこの世界でやっていけるかという気持ちが強すぎて、本当の意味でものを作る、誰かに届けるっていうことを考えてなかったんだなと。
だけど、うつわをつくって展覧会をして、お客さんに使ってもらうことで、初めて自分で作ったものが人に届いているという実感を得たんです。
作り手としての自分、作ったものがその先にいる届けたい人に届いてる。だめだとか、いいとか、ちゃんとしたレスポンスがあることで、初めてものを作るということはこういうことなんじゃないのかなと、今更ながらに気づきました。
俺が今までアーティストになりたいと思っていたことって、なんだったのかなと。自分のひとりよがりで、しかも、本当の意味で自分が作りたいものって何なのかっていうのを考えていなかったと。
それで、これ(焼物)は面白いかもと思った。それがきっかけです」

初めての展覧会では作品への感想や使い心地を直接受け取る場となり、ものづくりに対する思いに変化があったと言います。
翌年の展覧会ではその言葉を汲み取って作品に落とし込んでみたり、装飾的なものに取り組んでみたり。そうして2回目の展覧会を終えた時、「この道でやっていこうと思った」と話してくださいました。

出会いを手繰り寄せ、作品を委ねる

「焼物の世界でやっていきたいと思ってから、どうやって自分の作品をみてもらおうかと思ったときに、まずは展覧会をできる場所を探すことからはじめました。レンタルのギャラリーは沢山あって扉は開かれているけれど、焼物が好きで見たいという人に見てもらえる場所で展覧会をやらないと意味がない。
どうすればいいのかと悩みました。きっかけがなくて…都内の有名なお店とか行きましたけどいきなり僕の作品を持って行って展覧会をやらせてくれと言ってもやらせてくれないわけですよ。
途方に暮れていた時に、たまたま僕の勤めていた陶芸教室の生徒さんで僕の作品も買って気に入ってくれた方が、半ば強制的に『私の知り合いで器屋をやっているひとがいるから見せに行きなさい。もう連絡しておいたから』と。それが桃居 * なんです。当然、桃居のことは知っていましたけれど、いきなり作品を持っていこうなんて思ってもみなかった。だからそこから新しく作りました、半年かけて。桃居のオーナーである広瀬さんに見てもらうためだけの作品を。
パソコンもない時代で、手書きでサイズを書いたり、 庭先で写真を撮って 、貼り付けて、ポートフォリオを作ったり。半年後に桃居に電話して、紹介してもらったことを話して。広瀬さんも半分忘れてますよ、半年も経っているんだから。でも『ああ、いいですよ。いつでも』と。それで荷物を抱えて初めての営業。大きなショルダーバックにうつわを一杯いれて。ポートフォリオを抱えて。
そこでファイルを見せて、うつわも見てもらって。そうしたら広瀬さんが『ちょっと待ってて』と言ってファイルを持って奥へ行って、戻ってきたら付箋が一杯貼ってある。『これとこれとこれを何点か作って」と、その場でオーダーしてくれました。2.3か月経って、注文の作品をつくって広瀬さんのところに納品しにいったときに、『今年の年末にうちで展覧会やらない?』となって…今に続いています。
最初から展覧会をやりたいという想いはそれで叶いました。桃居で展覧会をやると他のギャラリーの方が見てくれる。そうすると、広瀬さんのところでやっているならうちでも、というみたいな感じでそこからお付き合いするギャラリーが増えていった。僕がまともに営業活動したのはその1回きりですね。

それから今に至るまで作品の発表は展覧会のみ、そこは今も変わらないです。生活の中で使うものを求めている人たちに届けたい」

*桃居 東京西麻布にある工芸ギャラリー

広瀬さんとの出会いから20数年、その時のご自身の作品を今はどう思うか尋ねたところ「そんなに変わらないんじゃないかな。基本的には。」といくつか見せていただきました。村上さんの作品は手びねりで作られていますが、初期の作品では轆轤でひいたものや、粉引きや刷毛目のものも。基本的には、と仰るように、手法は違っていてもシンプルで凛とした佇まいのうつわは20数年の時を経ても手元に置いて大切に使われていました。

奥様であり、同士としてうつわを見つめてきた美加さん。作品についての意見や要望など話すことがあるのか尋ねました。

「時々あります。例えばマグカップ。薄くて冷めやすいと言われて、厚みを増やしたりとか。マグカップって小さなコーヒーカップとは違ってあたたかい飲み物を入れて、例えば読書しながら飲むという使い方。手元に置きながら割とゆっくり使うことが想定されるのに、僕の作るマグカップだとすぐ冷めてしまう、そうかもしれないと思ってそれからは意識的に厚く作って冷めにくくしたり。
ポットの内側も、以前は黒いポットの場合、内側にも黒い釉薬をかけていたけれど、お湯を注ぐと見えないし溢れると言われて。それで、内側の釉薬は明るめの釉薬に変えました」

水切れがよく手に馴染みのよいポット、スタッキングできるお皿、平にも置けて壁掛けもできる花入れ。どれも暮らしの中にすっと溶け込んでゆくことの裏付けが、これらの言葉の中にありました。凛としたうつわは思いを受けとる村上さんの柔らかな思考に重なります。

そしてそれらの作品が生みだされる工房へ。

作業に合わせた設計 作る時間

「僕は手びねりでやっているので、一度にたくさんはできない。棚にいっぱいになることはないし。この場所は最初の設計から自分が使うことを想定してできたので、ここでつくったものを途中のものはムロに入れて、出来上がったものは乾かして、乾かしたものを素焼きして、素焼きしたものを釉がけしてというちょうどその動線を考えてつくることができたからすごく仕事がしやすくなった。今は2台の電気窯を回転させながら使っています。

焼成時間は素焼きだと8時間くらい、本焼きだと15、16時間かな。
焼物は作るものによっては炎の力が必要なんですけど、電気窯っていうのは、電熱線に電気を通して熱が生まれるから空気が関係ないんです。だけど、焼物の種類によってはその空気をどうするかっていうのがすごく大事。僕の場合は電気窯だけど、一部炎を使った還元・炭化焼成ができる窯にしています」

ご自身の制作動線に合わせた設計で、無駄がなくとてもすっきりとした工房スペース。木造の有機的な空間に、金属製の古びた脚立や輪っかが目を惹きます。
作業机は実家でお父様が絵具入れとして使っていた棚を両側に置き、天板をのせて作ったもの。椅子に座ったまま動かずに道具に手が届くように配置されとても機能的。

制作の様子

村上さんといえば手持ちの良さと、水切れのよさに定評のあるポット。その作業の一部分を見せていただきました。作業に合わせて道具を使い分け、細部のディティールを仕上げてゆく様子を息を潜めながら拝見しました。

「ポットは1日で最大で2個かな。手びねりだとそのくらい。今は見せていませんけど、ひもづくりで積み上げながら伸ばして作るので、やっぱりちょっと時間がかかります。手びねりでしかできない表現っていうものがあるのでね、別にどっちがいいとか悪いではなくて、僕にとっては土とひとつひとつ向き合いながら、自分の手でつくるっていう時間の流れやリズムが合っているのかなと。出来上がったものにゆるやかに手の跡がついて、その時の自分の心の動きとか思いみたいなものが、手びねりの方がよりダイレクトに写し込まれる。
そこでしか出せない表面の表情とかあるので、やっぱり面倒だけど手びねりで仕事をしています」

多くの工程を経て仕上がってゆくポット。繊細な作業によって使いやすさへと導かれていきます。静かな工房からは雨粒をまとった草花と、遠くに雉の声が聞こえました。
都会を離れこの地を暮らしの場として選んだことについてお聞きしました。

自然に包まれた暮らしと仕事のある家

「川崎に暮らしていた頃は仕事場が相模原にあったから車で1時間半かけて通っていました。毎年旅行で長野方面には来ていたから、住むならこういうところがいいなってずっと思っていて。でも二人ともずっと都会に暮らしていたから、いきなり田舎暮らしはハードルが高いんじゃないかと。松本やもうすこし都市部、インフラが整っているところがよいかなと。
ただ松本も土地が高いから安曇野や少しずつ場所を変えて探していたけど、なかなかいい場所に出会えなくて。たまたま通りがかりの不動産屋さんの看板をみて、そのサイトからこの場所にたどり着いたんです。タイミング的に息子が独立したこともあり移住を決めました。このあたりは昔ながらの集落か別荘地。都会暮らしだったので昔ながらの集落へ入っていくのは抵抗があったけど、いい距離感でご近所とのお付き合いもあり暮らしやすい。
ここからは御嶽山、北アルプス、南アルプス、八ヶ岳が見える。富士山だけはちょっと見えないけど。適度に四季もかんじられ、雪も程よく降って秋の紅葉はきれいだし、夏は高原だから涼しく、引越しをしてよかったと思っています」

外壁は青みかかったグレーで統一され、土間になっている玄関からリビングへと緩やかに繋がれた設計。障子越しにやわらかい光がさします。
窓際にはインコのどんちゃんも美しいグレーの毛並み。庭に植えられた山野草はしっかりと根付き、雨粒を受け緑が艶やかに茂っています。

「手びねりはものすごくプリミティブな原始的な方法なので、非常に効率の悪い方法。でも、その方法でしか表現できないものがあるので、僕はそっちのほうにかけたんですけど」と話す村上さん。
一つひとつを大切に積み重ねたうつわの仕事と、自然に導かれた豊かな暮らしの形がそこにありました。

2024年10月、6年振りとなる展覧会を開催いたします。
初日12日と13日には初の試みとなる、会場での制作をおこなってくださることとなりました。村上さんのものづくりの一端をご覧いただける特別な機会をどうぞお愉しみに。

evam eva yamanashi  exhibition
村上躍 個展

日程|10月12日(土)-10月28日(月)*水曜定休
日時|11:00-18:00 * 最終日17:00 close
在廊|10月12日(土), 13日(日)
会場|evam eva yamanashi 形

詳細はウェブサイトをご覧ください。
https://evameva-yamanashi.jp

水に通しながらゆっくりと糸を撚った水撚りリネン。しなやかで上質な生地をベーシックなシャツに仕立てました。ストーングレーの色合いが村上さんのご自宅の壁面と重なります。
村上さん|E241T069  water linen shirt  ¥44,000

やわらかいリネンの梨地織がほのかに陰影をつくります。空気を包み込むようなデザインのローブは着重ねることで長く着用いただけます。
尚子さん|V243T905  linen robe  ¥27,500

[陶器作家 ]村上躍
1967年東京都生まれ。1992年武蔵野美術大学短期大学部専攻科工芸デザインコース卒業、造形作家として制作を始める。1998年に神奈川県にて陶器の制作を開始。2020年長野県茅野市に工房を移転。個展を中心に作品を発表。

instagram|yaku4698

photographer:小室野乃華

© kondo knit co.,ltd.