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interview|上田亜矢子|光と影の音

彫刻家 上田亜矢子

2023年6月17日より、 evam eva yamanashi 形 にて、彫刻家・上田亜矢子さんによる個展「光と影の音」を開催いたします。

evam evaの拠点でもある山梨で制作活動する上田亜矢子さん。今展では初の取組みとなる作品もお披露目となります。山梨の初夏とともに作品群をご高覧いただけましたら幸いです。
展示に先立ち、上田亜矢子さんの制作について、そして弊廊での展示に向けて、お話を伺いました。

3月の終わり、山梨は桃の花が咲き誇り、この地が果実に溢るるところだということを私たちに教えてくれます。蒼蒼とした森を目指し車を走らせると、木々を切り拓いてつくられた自製のアトリエと母家があらわれ、経年変化した鉄、大胆に置かれた大きな本小松石や大理石が、好奇心旺盛な私たちの心を揺さぶります。車のエンジン音を聞きつけて、母家から彫刻家・上田快さんと上田亜矢子さんが出迎えてくれました。

彫刻との出会い

彫刻家 上田亜矢子さんに、最初に出会った彫刻について訊ねたところ 「小学生の頃、通学路の神社近くにあった大きな梶原杉の切り株」 と追懐。「その切り株は、かつては枝を伸ばし、鳥の止まり木や人々に木陰を与えていたのだと今は想像することができますが、すでに切り株として存在していたその姿は圧倒的な “立体物” そのものでした。最初に出会った最大のオブジェです」 と、遠い記憶から教えてくれました。

高校を卒業し、美術の世界に進みたいというまだまだ柔らかかった志は、小畠廣志(*1)氏が開くKOBATAKE彫刻工房に入ることで彫刻の扉が少しずつ拓かれていきました。
KOBATAKE彫刻工房は彫刻全般の教育や制作を4年間学ぶカリキュラムがあり、大型の蝋型鋳造設備も整えられ、卒業生や作家が集まる世代を横断した交流の場でもありました。小畠先生の 「デッサンや美術史は自分で勉強しなさい。その代わり此処は生きた空間だから技術は教えます」 という信念のもと、まずは木彫からそして石彫、鋳造の技術を身につけます。そして若林奮氏、柳原義達氏などの練達の彫刻家を招き、生きた講義を受ける場を提供する工房でした。

何を素材に選ぶかは、造形する上で大きな決断であり、作家の意志や表現活動を表明し、鑑賞者にとっては手がかりにもなります。木、石、金属、石膏…多種の素材を経験するなかで、なぜ石という素材を選ばれたのかを伺うと 「なぜか…というと、圧倒的な記憶があるんです」 と目を輝かせ、特別な体験を教えてくれました。
石を彫るには適当な大きさになった石材があるわけではなく、大きな大理石や石材から必要な大きさに石を割る作業が必要です。石材に鑿で矢穴をいくつも開け、その穴にマメ矢とよばれる小さな矢を差し込み、大ハンマーで矢を叩くと矢が穴を押し広げ、石が割れます。その割る作業に必要な鑿やマメ矢も鍛治仕事による自作をし、その上でようやく “割る” という仕事が始まるのだそうです。

「石が割れる理屈はわかるのに、全く割れない。ハンマーを握る手には豆ができて破れ、割れない石と格闘しながら数日が過ぎ、日も暮れた頃に石がバコッと割れた。石が割れた瞬間の感動…それはもう底知れないものでした。バッと強い光が自分に当たったような、圧倒される…感動的な体験でした」 と新鮮に振り返ってくれました。
続けて 「当時悩みやすい年齢の頃で、何もできない自分が石を割ったことによって、まるで “石彫切符” をもらったような感激に包まれました。工房では皆が石割の経験をしますが、いまだに石を彫りつづけている人は、最初の割る仕事に同じような衝撃を受けているのではないかと思います。そう思えるぐらいの出来事なんです。それからというもの石を彫らずに割ってばっかりいるぐらい。感動的な割れ方をする時もあれば、仕様のない割れ方をする時もある… “割る” という仕事は、本当にドラマチックだなと思います」

石割の経験は、人間の健全性と人間よりも強い存在に対しての倫理感を伝えているように思います。冒頭の “梶原杉” と同様に石もまた既に存在しているという条理があります。自然素材相手に忍耐と腐心を反復し “石を割る” 作業によって見えてくる、素材の性質や制限に呼応する自己。まさに小畠先生が言う “生きた空間” であることを体現するような学びです。

亜矢子さんが工房で過ごした4年間は、石を割ること、そして石を彫る技術にとことん惹かれた時間でもありました。しかし、亜矢子さんは石を無心で割る、彫るというある種、純粋すぎるその時間を 「形をつくる(表現)ということに対してのバランスは取れていなかった時代でした」 と形容します。「つくりたいと憧れていた抽象の扉は、どうすれば開かれるのかがわからなかった」 と。鑿跡を追いかけ石を彫ることへの没頭と表現することの葛藤を行き来し、工房での4年目を終えようとする頃、小畠先生が鬼籍に入られます。

「先生不在であっても工房自体は存続していましたが、濃密な時間を過ごした仲間や工房と離れたくない思いと、小畠先生から受け取った大切な “もの” とひとりで対話していきたい思いが平行し、工房から少しずつ離れることになりました。工房の先輩でもあり、のちにパートナーとなる上田快(*2)さんが、彫刻家として独立し、山梨にアトリエを構えていたところに身を置くようになりました。此処に来てから “自分に戻った” という気がしています」
工房を卒業し、自立に向けた転機は先生が逝去した3年後、1999年のことでした。

生きる場所

「山梨に身を移してからすぐには彫刻に向きあえず、身体を土地に馴染ませる時間が必要で、暮らすだけで精一杯でした。自然が好きで、畑がしたくて…そんな考えは全くなく、石を彫ることに適した環境というだけで山梨に引越したので、蕗の薹すら知らなかった(笑)。山の中に自生する食べられそうなものを自然から教えてもらうような日々です。生きる場所は、タイミングと偶然性。こういう暮らしをするとは私自身が想像していませんでした。自然のなかを歩いて感動したり、自然から形の刺激をもらいました。海にある自然物の造形と山にある自然物の造形の共通点やその驚き。素直にそう感じた感覚と一緒に、目に映るものを石に記録していこうと、有機的な造形に取り組みはじめていきました」
それらは『心に眠る図鑑』というシリーズとして発表されていきました。

自然物の造形から影響を受けた作品から、2013年 『それぞれの石』 展では有機物から螺旋を描くような変化が見られます。そして2019年 『それぞれの石』 展では音にまつわる名がついた作品を発表。はっきりした境界というものはないと思いますが、どういった機微があったのでしょうか。
「何年かに一度、自分の中で大きな変化が起こるような気がしています。日常の中にあるちょっとした出来事から、視点が変わる時がありますよね。ループ状の作品(2013年前後)は、観察することができなくなって、ただひたすら外を、空を見上げるとか……自分の見たいものがそういったものになっていきました。もっと目に見えないものを求めるようになると、自ずと形に反映されていく…反映されたらいいなと思って、変わっていったんだと思います」

自然の中を歩き、手足を使い自然物から影響を受けた時期。そして身体から離れた対象との交点ともなる “目という装置” のみを使い、空中を歩くように想像界を巡っていた時期。さらに音へ。

「音に関係する名がついた作品は、音楽を聴くことがとても好きで。もちろん快さんも音楽が好きだから演奏をしたり、身近に音楽があるっていうのは大きいかもしれないですが」 と前置きし、手に鑿が握られているような仕草をしながら、頭のなかにある記憶をゆっくりとひとつひとつ言葉にしてくれました。
「こう…石を彫っているときに、頭に音楽が浮かんでくると “なんかいいぞ” と思えることがあります。それが何故だろう、そして “これは面白いぞ” と思った感覚がありました。
…音楽がとにかく羨ましかったんです。憧れというか。例えば楽器で一音、音を鳴らしただけで、人の気持ちがこうもガラッと変わったりすることや、好きな旋律が聞こえただけで、その時の思い出に戻れる。何故そうさせることができるんだろう、そこを突き詰めたくなりました。ずっと空を見上げていた頃の感覚と同じように、音を求めながらも、光を求めているような。そういう風にどんどん変化していきました。自分の中でもっと遠いものであったり、そういうものを聴こうとしたり、見ようとする方向が変わっていっているのかもしれません」

音楽への憧憬からはじまり、音楽による感情喚起への問い。形として留まることのない 「見えないもの」「見えない音」 を石に定着し、分断されていた景を繋げていく。 “ストーンスケープ(石の地景)” とも形容できそうな石というメディウムを用いた多様な想起のあり方を長いスパンをかけて、試みているようにも感じ取れます。

素材がつくる形

有機物、螺旋、音と造形の変化とともに、使う素材の変化もあります。工房時代は硬い素材に憧れて、国産の黒御影石を使用していたそうです。山梨へ移住後はさまざまな大理石へ。赤や白といった気泡と縞模様が特徴のトラバーチン(*3)、そしてゴハレベージュ(*4)と変化があります。どう素材を選ぶのかを伺いました。
「さきほど、つくりたいものは目に入ってくるものや気持ちで、つくりたい形が決まってくることもあるとお話しましたが、一番は石との出会いなんだと思います。素材によって作品に変化が現われることがあります。
今使っている大理石(ゴハレベージュ)になって、作品が変わったっていうのはすごくあるなと思います。ゴハレベージュは、白い画用紙みたいな石だと思っています。例えば画用紙は線も色もすべて受け入れてくれますよね。あの石も “光と影” そして形も含めて、本当におおらかに受け入れてくれます。
螺旋のような形や音にまつわるタイトルがついた作品は、私がいろいろな形をつくりたいという思いと、この石の性質がちょうど釣り合っています。そして、そう思っていたタイミングに出会えた石でした。
もちろん、こういう形にしようって思ってつくれる石であっても、結局はつくっている時の不自由さのようなものに、ヒントを得ることがあります。自分の力が及ばないところで、ちょっと何か進んだ時に、本当につくる喜びみたいのを一番感じられると思います。
トラバーチンを使っていた頃は、石自体がとても魅力的なので、あの層を美しく見せるという方向に、素材に引っ張られていくようなところがありました。石はどう使おうが自由かもしれない。けれど、トラバーチンのほうから、ある意味、天地が決まっていて、 “こういう風に使って” と言われているような(笑)。こちらが気を遣ってあげないといけない相手のように感じるところもありました」

加工も精製もされていない自然石は、素材による物理や性質をそれぞれに秘めています。素材の性質を根気よく観察し、素材の不自由さを所与のものと受け入れ、形態を生んでいく…素材との協働ともいえる、石との対話を打ち明けてくれました。

変化のとき

山梨での展示は久しぶりになりますが、帰ってきたという安心感はあるのでしょうか。
「作品の発表は東京が中心で、山梨ではグループ展や気の置けない関係の展示であったり…evam eva yamanashiの展示空間は広く、そういったスペースでの展示自体も初めて…ある意味、初個展ぐらいの気分です(笑)。
evam eva yamanashiは行き交う人が綺麗にみえる場所です。ギャラリー空間に入ると自然光が入り、人も物も綺麗に見えます。ひとつ作品を置いて、その隣にはどんなものが相応しいだろうと空間との調和も考えながら、準備をしているところです」

以前から挑戦したいとおっしゃっていた蝋型鋳造(*5)による作品を今展に出品されるのかを伺ったところ、満面の笑みで頷いてくれました。
「無事に失敗なく鋳込むことができて、これから仕上げるところです。原型は石でつくっています。原型は石で取ってはいるのだけど、石と異なる別の作品になるので、ブロンズなりの仕上げをしていきます。
とにかく蝋型鋳造は工房で学んでいた頃、石を割ることに次ぐぐらい好きな作業だったので、特別です。金属を溶かして鋳込むってとってもドラマチック。鋳込んだその日は本当に神聖な気分になるんです。だからこそ蝋型鋳造は挑戦したいと思っていました。
蝋型鋳造はひとりではできない作業で、協力してくれる鋳金所の方に、今回とてもお世話になりました。作家は原型をつくるけれど原型はあくまでも原型。ブロンズが作品だから、本当は作家に蝋原型に手を入れてほしい、仕上げにも関わってほしいという考えの鋳金所の方との出会いが大きな後押しです。
鋳込んで出てきてからも表情が変わってきます。仕上げの方法もさまざまな道があります。専門的な話になりますが、蝋型だと酸化皮膜が着きます。それが特徴でもあるのですが、それを酸洗いをして着色するという方法もありますが、それを残すというのも、またひとつの表情になるんです。
今回、小さな作品のほうは、酸化皮膜を残して少し磨こうと思っています。表情としてどう出るのかは、これからの楽しみです。まずうまく鋳込めたということで、ひとつハードルを超えたことはとても大きなステップです」

ひと呼吸をおいて、ご自身の心模様についても触れてくれました。
「たぶん、いまは少しずつ変わっていくところの狭間なのかなと思っています。 “現在(いま)” のタイミングにつくることができる造形をもう一度つくったり、スケールによって見え方が変わってくるので以前制作したフォルムのスケールを大きくしたり、いまの自分の造形を観てもらえたらいいなと考えているので…観てくれる人の感覚も変わるのかなと思っています」

インタビューのなかで 「いま変化の狭間にある」 と亜矢子さんは話していました。そして 「音から離れつつもある」 とも。今年初めに九州へ飛び、以前から探していた石との出会いがありました。願っていても出会えない経験を繰り返し、辛抱強く待ちながら素材を自分に引き寄せる力がそこにあります。
「以前の作品のほうが好きです、と言われることもあるんです。そのときは、そうかぁと思うのですが、それでもこれをつくっていこうと続けることは、自信に繋げてもらえるような気がしています」

なにもできなかった自分、開かない抽象表現への扉、小畠先生という大きな存在。 「先生の教えを忠実に守るのではなく、自分のなかで解釈したから今がある」 と話すように、ひとつひとつの課題と向き合い造形する、作品と生き方が調和した彫刻家の姿がありました。

有機物、螺旋、音。それら情景の記憶。
自己の変容を自覚しながら、石へ記録する試み。
新たな手法との再会。
亜矢子さんと石が生み出す造形をこれからも見逃したくないと望むのです。

interview, editing|新保慶太+新保美沙子(smbetsmb)
photography|新保慶太(smbetsmb)

*1 小畠廣志(こばたけ・ひろし 1935-1996)
彫刻家。東京藝術大学美術学部彫刻科(菊池一雄教室)に学び、1977年第6回平櫛田中賞受賞。制作活動のいっぽうで、東海大学、青山学院女子短期大学、美学校ほかで教鞭をとり、後進育成にも助力。1980年には美学校から独立しKOBATAKE彫刻工房を開校。独自のカリキュラムを展開し、多くの後進を育てる。1996年に逝去、享年61歳。2019年には「小畠廣志 木に呼ばれる」(武蔵野市立吉祥寺美術館)回顧展が開かれた。

*2 上田快(うえだ・かい)
彫刻家。Kai Studio主宰。三重県出身、KOBATAKE彫刻工房で学び、山梨県を拠点に活動。二科展にて特選、大賞、文部科学大臣賞受賞のほか多数受賞。パブリックアートに、パブリックアートに、栃木大田原市羽黒町公園モニュメント、山梨長坂中学校中庭彫刻、山口大津島石柱庵アートワークほか多数。パートナー上田亜矢子とともにKai Studioにて協働する。

*3トラバーチン(travertine)
天然で採掘される無機質石灰岩の一種。平行に堆積した縞模様が入り、小さな細孔がランダムに入るのが特徴。イタリアをはじめ欧州にはトラバーチンを使用した歴史的建築物が多く見られる。トラベルチーノロマーノというベージュの色調やレッドトラバーチン、グレー調のプラタグレートラバーチンなどある。石としては柔らかい部類に入り、加工がしやすいのも特徴の石種。

*4 ゴハレベージュ(gohara beige)
イラン産の石灰石の一種。ベージュ系の石材の中ではグレイッシュな色味と白系の筋柄が入るのが特徴。やわらかな質感と素材感をもった石種。

*5 蝋型鋳造
蝋型鋳造法は幾つか技法がある。蝋を用いて原型をつくり、焼型と同じように高温で型焼きを行う。蝋を除去し生まれた空間に溶かした金属を鋳込んで成形を行う。今展で発表するブロンズ像では、石彫した造形で原型をつくり、蝋で原型を写しとる。蝋原型を引き取り、亜矢子さんの手ずから調整を行なった。その蝋原型から型をつくり、金属を鋳込み成型。型焼きや成形の過程では、徐々に加熱しながら蝋を確実に除去していくなど、高い技術を有する蝋型鋳金師との協働である。

evam eva yamanashi exhibition
上田亜矢子 個展 「光と影の音」

日程|2023.6.17(土) – 7.10(月) *水曜定休
時間|11:00 – 18:00 *最終日17:00 closed
在廊|6.17(土)、6.18(日)
会場|evam eva yamanashi 形

詳細はウェブサイトをご覧ください。
https://evameva-yamanashi.jp

[彫刻家]上田亜矢子 Ayako Ueda
1973年東京都生まれ。KOBATAKE彫刻工房にて小畠廣志氏に彫刻を学ぶ。さまざまな素材に出会う中、石を彫ることに強くひかれる。1999年上田快と共に八ヶ岳南麓にアトリエを構え、毎年、個展等で作品を発表している。
website|http://kaistudio.info/aya/

普段黒しか着られない亜矢子さんには、風合いのある素材感のローブを試していただきました。しなやかなコットンと自然な艶のあるシルクを合わせて作られた生地は、ついつい肌を撫でるように触れていたくなるなめらかさが特徴です。隣は、上田快さん。制作の合間、おふたりで散歩をし、季節の変化を感じながら暮らしている。
上田さん | E231K034 cotton silk robe M /90 black ¥28,600


The English translation of this interview is a summary.

interview|the sound of light and shadow

sculptor Ayako Ueda

From June 17, 2023, evam eva yamanashi will hold a solo exhibition of sculptor Ayako Ueda entitled “The Sound of Light and Shadow”. Prior to the exhibition, we interviewed Ayako Ueda about her work and plans for the exhibition at our gallery.

Encounter with sculpture

Sculptor Ayako Ueda’s still tender aspirations to pursue a career in art after graduating from high school led her to the KOBATAKE Sculpture Studio, which was opened by Hiroshi Kobatake and opened the door to sculpture little by little. The KOBATAKE Sculpture Studio offered a four-year curriculum of general sculpture education and production, and was also a place for cross-generational exchange among graduates and artists. Mr. Kobatake’s belief that “You should study drawing and art history by yourself. Instead, I will teach you techniques because this is a living space.”  The workshop provided a place to learn wood carving, stone carving, and casting techniques, and to receive live lectures.

Wood, stone, metal, plaster…she had experience with many different materials, but when I asked her why she chose stone as her material of choice, her eyes lit up and she said ‘Why…I mean, I have an overwhelming memory of it.’ She told me about her special experience.
‘I could understand the logic behind the stone’s cracking, but it just wouldn’t crack at all. Several days passed as I struggled with the unbreakable stone, my hand that grips the hammer beans forming and the skin tearing, and then, at sunset, the stone cracked open. The moment the stone cracked, I was moved…it was unfathomable. It was overwhelming…an emotional experience.’
She continued, ‘I was at an age when I was easily troubled, and I was so moved by breaking a stone that it was as if I had been given a “stone carving ticket”. I think those who are still carving stones must have had the same kind of impact on their first stone-carving job. It’s such an event that it seems that way.’
As she went back and forth between immersion in stone carving and the conflict of expression, she was going through her fourth year at the studio, and Mr. Kobatake passed away.

‘However, I wanted to continue to interact with the precious things I received from Mr. Kobatake on my own, so I decided to leave the studio little by little. I moved to a place where my senior sculptor and later partner, Kai Ueda, had his atelier in Yamanashi. Since coming here, I feel like I am “myself” again.’
The turning point in her journey toward independence came in 1999, three years after the passing of Mr.Kobatake.

Place to live

‘I couldn’t face sculpture right away after moving to Yamanashi. I needed time to acclimate my body to the land, and just living was all I could do. The place to live is a matter of timing and coincidence. I was moved by walking in nature and was inspired by shapes from nature. The similarities between the shapes of natural objects in the ocean and those in the mountains and their surprises. I began to work on organic forms, trying to record what I saw in stone, along with the sensations I honestly felt.’
These works were published as a series titled “Illustrated Book sleeping in the Heart”.

From works influenced by natural forms, the 2013 exhibition “Each Stone” shows a spiral shift from organic objects. I don’t think there is a clear boundary between the two, but what were the subtleties?‘
I feel like every few years a big change happens within me. There are times when a small event in my daily life changes my perspective. In the looped works (around 2013), it became impossible to observe, and I just looked outside, up at the sky, or …… what I wanted to see. As I began to seek more of the unseen, it naturally reflected itself in the form…I think it changed in a way that I hoped it would reflect.’

‘The fact that there is music around us may be a big factor in works with names related to sound….
When I am carving a stone, I sometimes feel “something good” when music comes into my mind. I don’t know why that is, and I had a sense of thinking, “This is interesting.”
…I was just envious of the music. For example, how a single note on a musical instrument can completely change a person’s feelings, or how just hearing a favorite melody can bring you back to a memory of that moment in time. I wanted to find out why it is possible to make people do that. It’s like the feeling I had when I was looking up at the sky all the time, seeking sound but also seeking light. It was changing more and more like that. Maybe I am changing the direction in which I try to listen to and look at things that are more distant from me.’

The work begins with a longing for music, and questions the evocation of emotion through music. The work connects the fragmented landscape by fixing “invisible things” and “invisible sounds”, which do not stay in form on stones. It seems as if she is experimenting over a long period of time with a variety of ways to evoke various images using the medium of stone, which could also be described as “Stonescape”.

Shapes created by materials

Along with changes in organic matter, spirals, sound and form, there are also changes in the materials used.
‘I mentioned earlier that sometimes I have a specific shape in mind, but I think the most important thing is the encounter with the stone. The material can change the work.
I think that the marble I am using now has changed my work. I think this white stone is like white drawing paper. For example, drawing paper accepts all lines and colors. This stone also accepts “light and shadow”, as well as shape, in a very generous way.
Of course, even if I can create a stone with the intention of making it this way, I sometimes get hints from the inconvenience of making it. I think you can feel the most joy of making something when you are able to make a little progress in a place that is beyond your control.’

Natural stone, which has neither been processed or refined, has its own physics and properties depending on the material. She patiently observes the properties of the material, accepts the inconvenience of the material as a given, and gives birth to the form… She confided in us a dialogue with the stone, which could be called a collaboration with the material.

A time for change

‘evam eva yamanashi is a place where people look beautiful as they pass by. When you enter the gallery space, natural light comes in and people and things look beautiful. I am preparing to place a work of art next to it, thinking about what would be appropriate in harmony with the space.’

When we asked her if she was going to exhibit her wax casting works in this exhibition, which she had always said she wanted to try, she nodded with a big smile.
‘It was able to cast it successfully without failure and is now in the process of finishing it. The prototype is made of stone. Although the prototype is made of stone, it will be a different piece from the stone, so I will finish it in a bronze way.
Wax casting is special because it was my second favorite process after breaking stones when I was studying at the studio. Melting and casting metal is very dramatic. On the day of casting, I really feel sacred. That is why I wanted to try wax casting.
Wax casting is a task that cannot be done by a single person, so I am very grateful to the people at the foundry who cooperated with me this time. First of all, the fact that I was able to successfully cast the piece means that I have overcome one hurdle, which is a very big step forward.’

She took a breath and touched on her own emotional state.
‘I think I’m in the middle of a gradual change. I am thinking that it would be nice if people could see my current form…I wonder if the viewer’s senses will change as well.’

In the interview, Ayako said, ‘I am in between changes’.  She also said, ‘I am moving away from sound.’  ‘I am sometimes told that I like my previous works. At that time, I thought, “Well, I guess so”, but I feel that continuing to make these works gives me confidence.’

I was unable to do anything, the door to abstract expression did not open for me, and Mr. Kobatake was a great presence in my life. She says, ‘I did not follow his teachings to the letter, but interpreted them in my own way, which is how I got to where I am today.’ She is a sculptor who faces her challenges one by one and sculpts in harmony with her artwork and her way of life.

Organic matter, spirals, sounds. The memory of these scenes.
An attempt to record in stone while being aware of one’s own transformation.
A reunion with a new technique.
We hope not to miss the shapes created by Ayako and the stones in the future.

interview, editing|Keita Shimbo + Misako Shimbo(smbetsmb)
photography|Keita Shimbo (smbetsmb)

[sculptor]  Ayako Ueda
Born in Tokyo in 1973, she studied sculpture under Hiroshi Kobatake at the Kobatake Sculpture Studio. While encountering a variety of materials, she was strongly attracted to stone carving. In 1999, she opened a studio at the southern foot of Mt.Yatsugatake with Kai Ueda, and has been showing her works every year at solo exhibitions and other venues.

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